荒川修作~「死なないために」を作品のテーマとした建築家

武蔵野美術大学出身者を取り上げるシリーズ第1弾は、建築家の荒川修作についてご紹介します。

 

武蔵野美術大学

荒川修作ってどんな人だったの?

荒川修作は1936(昭和11)年、愛知県名古屋市出身。

5才の時、隣のお医者さんの手伝いをするようになり、その奥さんから医者になるにはデッサン力が必要と言われ、デッサンを学ぶようになります。

15才の時、肺結核と誤診された頃から、宿命反転はどうすればできるのか考えるようになります。

17才の時、マルセル・デュシャンのもとに手紙を何通も送りましたが、返事はありませんでした。

愛知県立旭丘高等学校美術科出身。肺結核と誤診されたため休学しました。

武蔵野美術学校(今の武蔵野美術大学)に入学しますが、3週間も通わず中退。

1958年、読売アンデパンダン展に出品。そこで知り合った瀧口修造に、マルセル・デュシャンの連絡先を教えてもらいます。

1961年渡米。マルセル・デュシャンをはじめとした、多数のアーティストと知り合います。

1962年、生涯のパートナー・マドリン・ギンズと出会い、翌年から2人で「意味のメカニズム」というプロジェクトを開始。

1970年、ヴェネツィア・ビエンナーレに出品。1972年、ドイツでの巡回展にて科学者・ハイゼンベルクに認められ、
マドリン・ギンズと共にベルリン自由大学に招待されます。

1994年、岡山県の奈義町現代美術館に、〈遍在の場・奈義の龍安寺・建築する身体〉を制作。1995年には、岐阜県・養老町にテーマパーク・養老天命反転地が完成。

1997年、グッゲンハイム美術館で日本人初の回顧展を開催しました。

2005年、三鷹天命反転住宅を販売。2008年には、ニューヨークにバイオスクリーブ・ハウスを完成させます。

2010年、ニューヨークで没。没後、武蔵野美術大学では
「Who is ARAKAWA ?」というシンポジウムが開催されました。

荒川修作の作品の特徴って?

荒川修作は「建築家・コーデノロジスト」という肩書を持っています。コーデノロジストというのは、芸術・科学・哲学を統合する人のことを指します。

建築家というと、通常、建物を設計・建築する人を意味します。しかし、荒川修作が考えていた「建築家」とは、人間の身体を建築し直す施設を造る人のことを指していました。

人間は精神や心というもので、多くの自分の可能性を閉じています。しかし、コントロールがきかない状況で、ヘレン・ケラーのように自分の身体を動かすことで、意識を自分の外に持っていくことができると考えていました。

自分の造った施設を体験することで、呼吸・重力などを体験者が作り出すことができるようになり、それらをコントロールすることで永遠に生き続けられる可能性がある、と荒川修作は考えたのです。

荒川修作の作品について

荒川修作の代表作は、日本に多く残されています。

インタビューや講演の中で、日本も欧米も悲観主義ではあるのですが、欧米の場合、意識的なのに対し、日本の場合、無意識にそうなっている、と語っています。

日本の場合、欧米と違い、無思想・無体系であるので、実際に体験することで変革が起きやすいのではないかと荒川修作は考えました。そのため、日本にはじめに建築物を造りました。

奈義町現代美術館にある〈遍在の場・奈義の龍安寺・建築する身体〉は、本当は円筒状の施設を立てて展示する予定だったようです。しかし、荒川修作が横にすることを提案しました。

遍在の場

展示室「太陽」という別名の通り、少し傾いた建物の南側からは太陽の光が差し込み、対になった龍安寺が壁面に展示されています。

不安定な内部で、龍安寺の中に入るという不思議な体験をすることのできる施設です。

養老天命反転地は養老公園内の施設で、すり鉢状になった
屋外のテーマパークです。

1度名古屋に行った時、立ち寄ろうと思ったことがあるのですが、雨のため断念しました。開園直後にけが人も出たため、ヘルメットやスニーカーの貸し出しも行っているようです。

三鷹天命反転住宅はカラフルな丸や四角の建物が積み重なった9つの住宅の集合体です。

養老天命反転地や三鷹天命反転住宅に共通するのは、ふだん使わない身体感覚を使うことで、わくわく感や生きる楽しさを呼び覚ますことなのだと思います。

普通、建物はまっすぐで、便利で、バリアフリーがいいと思われていますが、立って歩くだけでなく、はって進んだり、自分で工夫して暮らしたりすることで、より生命力を高めることができるのではないかと感じました。

1998年の講演では、築地魚市場の豊洲移転やアメリカ人が沖縄に基地を残すのはお金が欲しいだけ、など今日的な問題にも触れていました。

東京にパスポートが必要な小国家を作り、日本人の意識を変えたい、とも語っていた荒川修作。そんな彼の建築を、いつか体験してみたいです。